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有栖川宮幟仁親王の御親筆による令旨「伏て惟るに」は、明治十四年二月、親王が神道総裁に就任と同時に教導職に下されたもので、総裁宮は、これをもって皇道の降盛に尽くすよう諭された。
天神地祇 賢所 歴代皇霊の御書は有栖川宮幟仁親王の御親筆によるものであるが、これは当時、神道界の大問題になっていた祭神論争に対し、終止符を打つ意味で出された明治天皇の御沙汰書を、総裁宮が御親筆をもって神道界に書き示された歴史的宝物である。
祭神論争とは、大教院神殿に祀る祭神について、出雲大社側と伊勢神宮側が争ったもので、従来の大教院の祭神四柱(天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大御神)に対し、出雲側が大国主神を加わえて祀ることを提議したのに論を発している。祭神論議は二年有半も続き、ついには全国神道会議を開いたが、甲論乙駁、容易に結論をみず、その結果、明治天皇の勅裁をあおぐことになったもの。勅裁の結果、″宮中被斎祭所の神霊遥拝奉仕致ス事”として宮中被斎祭所の神霊である天神地祇 賢所 皇霊殿の御祭神を御沙汰されたのであった。これでさしもの論争も鳴をひそめたという。
金杯は、明治四十二年、明治天皇より御下賜された宝物。
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