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《神道大教 第八代管長 品田 聖平》
明治時代は、日本が極東の小孤島から世界の大国にまで発展した黄金時代とも言える。しかし、その初期は、絢爛たる欧米文化に眩惑され、日本人の自覚を喪い、ともすれば軽佻浮薄となり、日本固有の精神は失われ、国家の基本まで揺がうとした危険な時期でもあった。
畏くも、明治天皇は、このことを深く憂慮遊ばされ、明治三年には、「神祇鎮祭の詔」並びに「大教宣布の詔」を渙発されて、「惟神の大道を宣揚すべきなり、以って新たに宣教使を命じて、以って教を天下に布かしむ」と、おおせられたのである。又、御製を通して、日本人の建国以来護持して来た「天地の大道」をお教えになったのである。
やがて、この明治天皇の聖旨を奉戴して、明治六年には 「大教院」が設立され、明治八年には「神道事務局」 が創立され、明治十四年には、神道教導職総裁に有栖川宮幟仁親王は七十歳を越ゆる御身を以って、ご就任なされ、「欧米文化一辺倒から醒めるには、日本人の道統の神道精神を究明し、国民に再認識きせる必要がある」として、当時の志を同じくする神道諸家の陣頭にお立ちになって、その実践に尽されたのである。
かくて、明治十八年には、稲葉正邦卿が、総裁の宮のおん後を継いで、「神道事務局」の初代管長に就任され、十九年には「神道事務局」が「神道本局」と改名され更に、昭和十五年には、「神道」と言う宗教が「神道大教」と改名されたのであって、その後、「神道大教」として、約三十年間、古神道の道統を守り続けて来ているのが、この教派神道である。
凡そ、宗教には、多種多様の宗教があり、それが、皆、立教の趣旨を異にしている。わが「神道大数」の如きも、自ら他の宗教とその意義を異にしていることは当然である。
そもそも、神道大教の立教の趣旨は、前述の如く、日本人としての道義に立脚した日本に於ける独自の宗教であり、他の宗教の如く、開祖も教祖もなく、また、世襲でもない。神道大教は古神道であり、淡々と湧き出る泉のように、自然に、日本人の精神の内から生れた建国以来の信仰であるから、開祖教祖を強いて言うならば、かしこくも、明治天皇と申し上げてもよいのではないかと思う。
こうした由来をもつ独自の存在たる「神道大教」は、来る四十九年に立教百年を迎えようとしている。又、本年は明治百年の年であるから、この意義ある年に当って、立教の精神に立ち還り、更に立教の精神を天下に宣布しなければならないと思う。
特に、終戦後は、占領軍の指導を受けて、「民主主義」の教育が施され、個人としての人間尊重の思想と、世界人としての自覚は、高くなって来たのであるが、一番大切な、民族精神や愛国心が失われようとしている。明治の初期に於ける外国崇拝に依る思想の混乱にも似た風潮は憂慮に堪えない。勿論、広く世界の文化の長を採り、わが国の短を補ってこそ、日本の進歩も発展もあるのであるが、「本っ教」 を忘れ、「本っ心」 を失っては、日本の世界に於ける存立の意義さえなくなって了うのである。
(東京ライフ社刊 東京ライフ「明治百年と神道大教」より転載)
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